幼い頃は体が弱く、8歳頃には肺炎から、一時は危篤に近い状態に。やや快方に向かった時、医者は“これでまず一安心だが、今後、この子の発育は、とても人並にはいくまい”と言ったとか（里見「はたからの目で見る」『心』1958年7月）。そのせいか、里見は五尺一寸（153cm位）そこそこと、兄弟たちと較べてもかなり小柄。本人も「ひょっとすると医者の豫言（よげん）があたったのかも知れない」と書いています。

でも、成長するに従い、小柄さは敏捷さと相まって、やがて自ら“運動事にかけては、一寸ぐらい得意”（「君と私と」『白樺』1913年4〜7月）と自負するほどになりました。回想や小説などから推すと、テニス、水泳、乗馬、なんでもよく出来たようです。ローラースケート（『白樺』1912年3月「編輯室にて」）にしても、どのくらい走りまわれたか等については書いていませんが、きっと、少しぐらい転んだって平気。慣れれば、結構のりこなしていたに違いありません。

彼のそうした運動好きに大きな影響を与えていたのが、元は生馬の友だちだった志賀直哉。5歳年上で、スラリと長身、スポーツ万能だった志賀は、里見の憧れの的でした。自分の兄弟とはまったく異質な奔放さや格好よさに、強くひかれていたようです。里見が11〜2歳頃の夏、鎌倉の別荘に生馬を尋ねて来た志賀が滑川の橋から飛び込み宙返りをするのを見た時には、「その時一緒に居た人のなかで君が一番上手だった。私は見て居てすっかり感心して了（しま）った。エライなアと思った」（「君と私と」）。この口ぶりに、少年の頃の里見の崇拝熱がうかがわれます。

一方、志賀直哉も、実業家の家庭で豊かに育ちながらも、生母とは12歳で死別。継母から生まれた弟妹たちは、みんな一回り以上年下（末の妹は、何と20歳年下）でした。いきおい、弟妹やその母からは、兄というより、叔父か若い父のように頼られ、立てられてしまっていました。なのに、実の父親とは不仲。そんな、家庭内での中途半端な立場に、志賀は淋しさも感じていたのでしょう。知らず知らずのうちに、歳がもっと近く、一緒に遊べて何でも話せる、夢の〈弟〉像を求めていたようです。やがて、志賀と里見は、〈友だちの弟と、兄さんの友だち〉という関係を越えて、最も気のあう間柄となりました。 「大きな男と小さな男」と呼ばれたコンビは、仲間うちでも、とりわけ遊び好き・しゃべり好きの2人として、縦横無尽に行動半径を広げていったのです。

（by 銀の星　2003/06/24）